フォトアルバム

2016年9月20日 (火)

『夜は千の目を持つ』/ウィリアム・アイリッシュ

またウールリッチに戻ってきました。なんかホッとする(笑)。この独特のウールリッチ節に慣れると他の方の文章が味気なく感じてしまいます(^^;)

この『夜は千の目を持つ』は1945年にジョージ・ハプリイ名義で発表された作品。

まずタイトルがいいですよねぇ。「NIGHT HAS A THOUSAND EYES」――SFも書けそうだしファンタジーも書けそうなタイトル。

これはミステリーですが……ウールリッチですから「謎解き」メインのミステリーではありません。本来の意味での「ミステリー(神秘的な、不可解な)」話ではありますけど。

ある夜、まだ若い刑事ショーン(28歳らしい)は川に飛び込もうとしていた娘を助けます。「あのまま死なせてくれたら良かったのに」と言う娘の名はジーン。まだ二十歳そこそこの美しい娘が一体なぜ死のうとしているのか。

星が怖い、と彼女は言うのですね。「あんなに光らせておかないで。もう光らせないで」と。

よくよく話を聞いてみると、彼女の父親が三日後に死ぬらしいのです。そういう予言をされたと。

「予言?はぁ?」と思うんですが、ジーンはそもそもの最初から語り始めます。父と娘、二人きりの家族を襲った不可解な出来事を……。

この「告白」部分がかなり長くて、全405ページ中145ページくらいがジーンの語る「回想」だったりします。一晩かけてカフェで話したことになってますけど、話す方も聞く方もよくがんばったな、みたいな(^^;)

でもこの「告白」が素晴らしいんですよねぇ。この部分だけで一つの物語というか、後半はおまけじゃないかと思うぐらい。

親子二人きり、とはいってもジーンの父親は資産家で、家にはメイドやら執事やらがいます。そのメイドの一人がある時突然妙なことを言い出すのです。「旦那様の今度の出張はとりやめるべきだ」と。行きはいいが帰りの飛行機が危ないと。

もちろんジーンはそんなこと取り合わないのですが、実際にその出張の日が来ると心配でたまらなくなります。問題の帰りの飛行機が出る時間が近づくにつれ、だんだん神経症っぽくなってくる。

この「じわじわと精神を蝕まれていく感じ」がたまらないんですよねぇ。

予言や占いなんて嘘だ、当たるわけがないと思っていても、やっぱり自分や身近な人が「事故に遭う」とか言われるとやっぱり気にせずにはいられない。「まさか…」「でももしかしたら…」というこの心の揺れ、その描写がもう、ほんと巧い!

あたしには、とばりのように自分をおおうこの不安と哀しみの中心が、じつは事件そのものではなく、あるいはそれがもたらした亡失ですらないことがわかっていた。中心にあるのは、あらかじめ警告されていたという事実だった。 (P73)

そう。そうなんだよね。

「私は知っていたのに」「止められたのに」という思いが、一番つらい。それが「真実の予言」なら、何をしても――むしろ止めようと何かをすればするほどそれが裏目に出て予言の成就を助けてしまうのかもしれないけど、それでも、「私はあの時父を止めなかった」という思いはずっと澱のように残る。

「想像力はつねに現実よりおそろしいっていうでしょう」 (P204)

後半に出てくるこのジーンのセリフの通り、現実そのものよりも、疑心暗鬼に駆られてあれこれ考え想像してしまうその心の動きこそが恐怖を生むんですよねぇ。そもそも「恐怖」って心の問題なわけで。

で、ジーンの話を聞いたショーンはとりあえず彼女を上司のマクマナスのところへ連れて行きます。このマクマナスというおじさんがとってもいい人で、「予言?はぁ?」などと馬鹿にせず、ちゃんと捜査してくれるのです。

「警察官は自分が眠るためにいるんじゃない。人が眠れるようにいるんだ」 (P325)

こんな素晴らしい警官がホントにいるものなんでしょうか。

もちろん正式な捜査ではなく、マクマナスと、彼に従う数名の警官だけによる言わば「私的な捜査」なのですが。

後半は、この「捜査」の進捗状況と、ショーンに護衛されたジーン親子の様子を交互に描いて進んでいきます。タイムリミットの3日後に向けて。

ウールリッチはこの「タイムリミット」設定をよく使いますよね。嫌がうえにも高まるサスペンス♪ 読者以上にへろへろになっているのが「おまえは3日後に死ぬ」と言われた当の本人。

ジーンの父親の憔悴っぷりったらもう……。「人を殺すに刃物は要らぬ、ただ予言だけすればいい」って感じです。

人は誰でも自分がいつか死ぬことを知っているけど、その「いつか」はまだずっと遠い先だと思っていて、「もうすぐ」と言われたとたん右往左往してしまう。

マクマナスと警官たちは一生懸命仕事して、謎の予言者の行動を調べたり、これまでにその予言者が言い当てた事象について「いかさま」じゃなかったかどうか検証する。

予言をしたのはジーンの家のメイドではなく、メイドの知人のトムキンズという男なんだけど。

子どもの頃から予知能力があったという彼。彼は別にジーンの父親に死期を知らせたくはなかった。株価についての情報を知りたがった父親が、未来の自分の利益について問い詰めたあげく、無理に言わせてしまったのです。

それが真の予知能力なら、こんなに気の毒なことはないんだよなぁ。目の前の人間の死期がわかってしまうなんて。しかも彼はただ知るだけで、どうにもできない。

それは、必ず起きることだから。

ウールリッチは「予言」という形を借りて、避けることのできない「死」というさだめを描いたように見えます。どんな状況で訪れるものであれ、人間にとっては理不尽でしかない「死」。「死」の前にうろたえ、おののき、自分で作りだした「死」のイメージに打ちのめされてしまう人間の「心」。

そんな人間たちを、星はただ見下ろしている――。

〈あたしたちの眼前には、はたしてあたしたちが見ているような世界があるのだろうか。ほんとは内側に、目の奥にあって、外にはなにもないのではないかしら。ただ無辺の空間があるだけなのでは?〉だが、その先へ踏みこめば狂気が待っているだけだから、いそいで脇へはなれた。 (P96)

ウールリッチは脇へはなれられなかった人なんじゃないかな。そんなウールリッチがとても好き。

続きを読む »

2016年9月19日 (月)

ネットラジオでアニソン三昧・ふたたび

以前「ネットラジオで特撮&アニソン三昧」という記事を書いたのですが、ここで紹介したラジオ局、1つを除いて全部聞けなくなっちゃってます。

紹介はしなかったけどネットワークオーディオのお気に入りに入れていた局の中にも聞けなくなっているものがあり、改めて日本のアニメソングを扱うネットラジオ局を探す旅に出ました(大げさ)。

vtunerで「anime」と検索するとかなりの局がhitします。でも試聴しようとすると繋がらなかったり、「あなたの国からは聞けません」メッセージが出たり。

vTunerに登録されているからと言って全部が聞けるわけじゃないんですよね……。

なので、「おすすめラジオ局」というよりは「2016/09/19現在ちゃんと聞けた局」をいくつかご紹介。

Ghost Anime Radio

 (リンクはTuneInのリスニングページ)

以前の記事でもご紹介したロシアの放送局。vTunerでは「AnimeRadio.SU」という名前で登録されています。

24時間ノンストップ、アラフォー世代にも嬉しい古めの曲から最近の曲まで硬軟取り混ぜ、時にInstrumentalもかかりとてもバラエティーに富んだラインナップだと思います。この局は本当にお気に入り♪

公式サイトはこちら。この記事を書いている時にかかっていたのはこんな曲たち↓

Ghostanimr




AniSon.fm

こちらもロシアの放送局。上記リンク(公式サイト)から直接聞くことができます。

Anisonfm

オタク感あふれる見た目(笑)。まだあまり聞き込んでないけど、最近の曲が多そうな感じですね。

128kbpsや192kbpsの音質が多い中、この局は320kbpsです。



Anime Radio UK

イギリスの放送局。上記リンク(公式サイト)で直接聞くことができます。

サイトはとってもお洒落。

Animeradiouk


このスクショ撮った時に流れていたのはこんな曲たち↓

Animeradiouk2




AnimeNfo Radio

カナダのラジオ局。

Animenfo


女の子可愛いけど公式サイトから直接は聞けないっぽい。ストリーミングURLへのリンクはあるんですけど。

TuneInサイトで聞く方が便利そう→こちら

ある日ある時のラインナップはこんな感じ。たまにアニメのサウンドトラックもかかるみたいです(たまたまアクセスしたらかかってた)。

Animenfo2





 
アニソンではなくアニメのサウンドトラックを延々流してる局ってないんでしょうかね。あったらすごい嬉しいんだけどなー。

2016年9月12日 (月)

『偽りの書簡』/R.リーバス&S.ホフマン

久しぶりの現代ミステリです。

女性同士のバディ物、しかも「文体の解析」が謎を解く鍵になる!と来ては手に取らないわけにいきません。

うん、面白かったです。いきなり

彼の言葉の目に余る受動態の濫用は真似しなかった。“野蛮な英語的語法”と言って、受動態を断固敵視する父の影響だ。 (P53-54)

なんて表現が出てきたりして。

謎解きの部分だけでなく、全編通して「言語」や「文学」への深い愛情が感じられて、本好きの心をくすぐってくれます。

それもそのはず作者のリーバスさんは文献学の博士号を持っているそうで、ヒロインの一人ベアトリズも文献学者という設定。

そしてもう一人のヒロイン・アナは若き新聞記者。これまで社交欄しか担当させてもらえていなかった彼女が、上流階級の未亡人が扼殺された事件を担当することになり……。

舞台は1952年のスペイン・バルセロナ。独裁政権下で新聞記事には検閲が入り、警察も必ずしも正義を遂行しない。その捜査方針は「上」の意向に大きく左右されるのです。同じ新聞記者だったアナの父は反体制的な記事を書いたとかで職を逐われ、アナの兄にいたっては処刑されてしまっています。

文献学者ベアトリズも反体制派のレッテルを貼られて学界から締め出され、現在は無職。蔵書を少しずつ売りに出したりして糊口を凌いでいます。

そんなベアトリズとアナは実は「はとこ」の間柄。親戚だけどこれまでお互いの顔もよく知りませんでした。殺人事件の被害者が持っていた手紙の分析を頼むためにアナは「ほとんど知らない」ベアトリズのところに押しかけるのですね。そして二人は協力して事件の真相に迫ることになる。

かたや24歳のおきゃんな(死語?)新聞記者、かたや40過ぎの「書斎の静寂を愛する」几帳面な学者。

かなり性格が違って、アナの行き当たりばったりさにベアトリズは何度も呆れさせられます。

“プランがある”と言うとき、ベアトリズとアナとではその内容がまったく違うらしい。 (P247)

年齢的にも性格的にもベアトリズ寄りのわたくし、苦笑しながら読んでました。

ここ数年で意味の変わった言葉がたくさんある。たとえば“赤”は共産主義者や反政府主義者を叩く言葉になった。(中略)消えた言葉もあれば、意味の変化した言葉、やたらと目につくようになった言葉もある。たとえば“スペイン”“運命”“男らしさ”“聖なる”など。 (P214)

独裁政権下の息苦しさも「言語」の観点から表現されて心憎い。

でもなんというか、この「お上の機嫌を損ねないような記事しか書けない」っていう状況がもはやあまり他人事と思えなくて、うすら寒いような感じがするんですよね。アナとベアトリズは事件の真相にほぼたどり着くものの、その「解決」は後味のいいものではないし。

下手すれば二人とも「当局に消される」ところで……。

あと、アナが「若い女性」ということで同僚からも警察からも軽んじられたりするんだけど、

「彼女、この一族では“頭脳派”よ」
 女性に対して使うときは侮蔑の意味が含まれる言葉。小学校のときに本を読むのが好きだとアナが言ったときでさえ、その言葉でからかわれた。
 (P196)

なんていうのも、今もそんなに変わっていないような気がして。

舞台は60年前だけど、“現代のミステリ”なのだと感じます。

すでに続編も刊行されているそう。解説では『El gran frio』というタイトルで紹介されていますがAmazonさんで検索しても出てこない(^^;)

このドイツ語版は1作目? 2作目???

ちなみに『偽りの書簡』の原題は「DON DE LENGUAS」で、Excite翻訳さんにかけると「言語のドン」と出ます。

「LENGUAS」は「LANGUAGE」なのね。

2016年9月 4日 (日)

Vシネマ『仮面ライダーチェイサー』を観ました

※以下ネタバレあります!これからご覧になる方はご注意下さい!

 

4月に発売になっていたVシネマ『仮面ライダーチェイサー』、やっと観ました。

ニコニコと愛想のいいチェイスさんが見られると話題で、確かにそこが一番の見どころなんでしょうが、ドライブ本編が終了して早や1年が経とうという今、むしろブレンさんやハート様のシーンが感慨深いですねぇ。

「メディックなんか絶対助けてやらないんだからっ!」っていうブレンさんの捨て台詞なんて、テレビ本編を見た後ではね……(・_・、)

チェイスさんもハート達も本編の最後で死んでしまうので、このVシネマのエピソードは時系列的にはテレビシリーズの途中に差し挟まれるべきものです。

ちょうどチェイスが運転免許を取った後ぐらい。

『小説仮面ライダーマッハ』に収録されている「公式全史」によれば、夏の映画『サプライズフューチャー』の後で、蛮野がゴルドドライブになる前、のようです。

とある事件で若い女性を助けたチェイスさん。彼女の人見知りの弟に「人形みたいで怖い」と言われて今さらショックを受け(笑)、「人間になりたい」「人間と同じ感情が欲しい」と望みます。

りんなさんやベルトさんには「人間になりたい?何言ってんの?」と一蹴されるのですが、そこへロイミュード099――通称エンジェル・ロイミュードが現れ、チェイスさんを誘惑。

そう、まさに誘惑です。

何の必要もないのに脱ぎます。

なぜ!!!

彼女(エンジェル・ロイミュードは女性態)の作りだしたエンジェル・サーキットとかいう回路(見た目は金属でできた天使の羽根)を胸に装着すると、ロイミュードの満たされない望みが叶えられ、みんな幸福になる、ということで。

「私はロイミュードを救う天使」と自分で言うエンジェル・ロイミュード。

「まず自分で実験してみた」と言って胸を見せ、チェイスさんの胸にも装着しようとチェイスさんを脱がせ……。

いるのか!? そのシーンいるのか!!?? え!?

なんかハートさんまで脱いでたし、日曜朝の放送じゃないからってサービスしすぎなのでは。

ともあれその「天使の羽根」で「人間の感情を手に入れた」チェイスさん、くそ愛想良くなって進兄さんや剛ちゃんを驚かせます。

進兄さんと霧子に思いっきりジュースを吹かれる剛ちゃん。お約束とはいえ気の毒な。

ジュースまみれでも剛ちゃん可愛いよ剛ちゃん

でも進兄さんと剛ちゃんはチェイスさんとの絡みはほとんどなく、代わりに「刑事で仮面ライダーの先輩」風都署の照井竜と対決。

「ここから東京都」「ここから風都市」みたいな看板の立ってる境界区域(森っぽいとこでめっちゃ虫飛んでた(笑))で照井くんが「俺に質問するな!」と言ってるんですが、そーか、風都って都内じゃないんだ。

都内じゃないけど東京都と隣接している。

照井くん、久しぶりなので「こんな声だったっけ?」って思いました。今回ホントに顔見せ程度で生身の照井くんはたいして活躍しないんですけど、Vシネ『仮面ライダーアクセル』はB級アクション刑事物としてすごく良くできててお薦めです。

事件後にかかってくるアキコからの電話で、二人に無事子どもが生まれていることがわかります。「ハルナちゃん」と言うらしい。「帰りにおむつ買ってこい」とか「特売の玉子買ってこい」とかいう電話(笑)。

進兄さんと剛ちゃんには強面で先輩風吹かしてるのに家では妻と娘にメロメロらしい照井くん。

「刑事で仮面ライダー」のみならず、「結婚する仮面ライダー」としても先輩に当たるわけよね。

照井くんを前にあたふたする進兄さんと剛ちゃんの掛け合いは息ぴったりで楽しかったし、剛ちゃんの「追跡!撲滅!いずれも~マッハ~っ!」は見ると幸せな気分になる(笑)。剛ちゃんの声好きやわ~、ほんま。

でも。

忘れてはいけません。このお話の主役はチェイスさんです。

エンジェル・ロイミュードの「天使の羽根」によってクソ愛想良くなったチェイスさん。自分の過去の言動(「耳の、裏を、見せろ」とか)を思い出して「うわ~!恥ずかしい~~~っ!!!!!」と思ったりします。

人見知りな男の子と打ち解けることもでき、「ありがとう」と感謝もされて幸福感を味わうのですが、もちろんそれで万事解決なわけはなく、望みが叶うのと引き換えにライダーに変身できなくなります。

ここでブレンさんとハート様がチェイスにかける言葉が秀逸。

「納得のいかない相手に支配されるなんて絶対嫌だ(byブレン)」
「賞賛の言葉がなければ戦えないほどおまえはヤワな男だったのか?(byハート)」

ハート様って人間より人間らしいというか、ほんと人間より立派だよね。

「天使の羽根」で満足を与えることによって他のロイミュード達を支配しようとするエンジェル・ロイミュード。もちろんハート様は彼女に屈しようとはしない。「俺たちは自力で進化態になったじゃないか」

「でもみんながみんな私やハート様のように優秀じゃない」とブレンさんが言うけど、手っ取り早い救済に飛びつくロイミュード達と、高い理想を掲げすぎてかえって支持者を失うハート様って実に「人間世界の構図」で。

ロイミュードも人間も、変わんないよね。

チェイスさんは人間になりたがってニコニコ愛想良くなるけど、別に人間にも空気読まないぶっきらぼうな奴とかいくらでもいるわけで。

真の「人間らしさ」はそういうことじゃない。

本当に大切なことはそこじゃない。

うん。

チェイスさんもハート様も、そして「メディックなんか絶対助けてやらないっ!」と言いながら助けて死んでいったブレンさんも、人間以上に人間くさくて、ちゃんと「心」を持って生きてた。

ロボットを考えることは人間を考えること。

ちょっと冗長かなと思ったし(1時間25分くらいある)、「脱がなくていいだろ」とも思ったし、最初の姉弟のくだりはなんかムズムズしたけど、楽しめました。

11月発売の『仮面ライダーハート/マッハ』も期待大です♪

そう言えば病院のシーンで、チェイスさんが助けた女性の隣にいる患者さんがものすごく気になったんだけど、あれはどーゆー狙いだったんだろう…。

はっ!忘れるところだった!

ブレンさんがハート様を抱き上げて運ぼうとして、すぐ「無理ですね、ここにいましょう」って諦めるシーン最高だった!

仮面ライダーブレンもぜひ実現してあげてください(笑)。

2016年9月 1日 (木)

『高い城の男』/フィリップ・K・ディック

ヒューゴ-賞を受賞したディックの有名な長編。

第二次世界大戦でドイツと日本が勝った世界。ドイツの第三帝国と日本によって分割統治されたアメリカが舞台です。

アメリカの東半分はドイツ、西半分は日本、という感じみたい。

終戦は1945年ではなく1947年で、お話の中の時間はその15年後――1962年という設定。

この作品が刊行されたのが、“現実の”1962年なんですよね。「ドイツと日本が負けた世界に生きている1962年の人間が、ドイツと日本が勝った世界の同じ1962年を描いた小説を読む」ことになるわけですが、その小説世界の人間達はさらに「ドイツと日本が負けた世界」を描いた小説を読んでいて……。

三重(さんじゅう)の入れ子構造。

で、その「ドイツと日本が負けた世界」を描く作中小説『イナゴ身重く横たわる』の作者アベンゼンがタイトルの「高い城の男」なのですが、主役は彼ではなく。

戦勝国に統治されて生きる「占領下」のアメリカ人達、占領する側である日本やドイツの官僚たち。交錯する彼らの人生がお話のメイン。

古物商を営むチルダン、古物の偽物を作る工場からの独立をもくろむ職人フランク。その別れた妻ジュリアナ。日本の官僚田上、田上と接触するドイツ側の人物バイネス。

ころころと視点が入れ替わる群像劇。

読んでて、なんとくドストエフスキーを思い出しました。登場人物がちょっと狂騒的で、集団ヒステリーみたいな……。

1962年だと読者はまだ割と生々しく「第二次世界大戦」を覚えているはずで、日本人を“閣下”と呼んでへつらわなければならないチルダンの恥辱とか、当時のアメリカ人はどんな気持ちで読んだのでしょう。

他国に占領統治される気持ちがわかったか!と日本人としては言いたくなったりもします。もちろん私自身、“そんな気持ち”がどんな気持ちなのか、知りはしないのですが。

それは、日本の占領地官僚、特にアメリカ戦時内閣の倒壊直後に乗り込んできた連中の清廉潔白さのたまものだ。 (P19)

とか言われていて、「うわー」と思ったり。

ディックは他の作品でも日本びいきのようですが、この作品でもドイツよりは日本の方が「ええもん」ぽく書かれていて、ちょっとくすぐったい。

「老人や、病人や、精神薄弱者、狂人、その他、役に立たないさまざまな人間に対する態度です。あるアングロサクソンの哲学者は、くりかえしこうたずねました――「新生児がなんの役に立つのか?」」
 「なにびとも他人の必要に奉仕する道具であってはならない、というのは真理じゃありませんか?」
 (P110-111)

という田上のセリフにはくすぐったいを通り越して気恥ずかしい……。田上閣下はいい人かもしれないけど、日本軍は……日本人は……。

ドイツが宇宙の彼方で無人建設システムをせっせと動かしているというのに、日本はまだブラジル奥地のジャングルを焼きはらって、もと首狩り族のために八階建ての粘土作りのアパートメントをこしらえたりしている。 (P20)

という描写も興味深い。ロケットを宇宙にバンバン飛ばすドイツと、ジャングルにアパート建ててる土建屋日本。

アメリカのアポロ計画が始まったのが1961年、それ以前から米ソによる宇宙開発競争は始まっていたのでしょうけど、架空の1962年ではドイツが一人勝ちで宇宙に進出している。

なんとなく、揶揄しているようにも感じられます、現実の宇宙開発を。

古物の本物と偽物のお話、作品世界自体の“本物”と“偽物”。

もしかしてこの世界が“偽物”だったとしても――自分たちが「ドイツと日本が勝った世界」というお話の登場人物に過ぎなかったとしても。

人は日々を生きていくしかない。

自分にできることを――自分がいいと思ったことを――なしていくしかない。

戦争に勝ったのがどこであろうと、勝った国にも負けた国にもいい人間がいて、悪い人間もいて、いい面もあれば悪い面もある。

選択肢ごとに、無数に分かれていく世界。

どう分かれても結局最後は同じになるのか違うのか。

根本的な意味からすると、われわれはたしかに乱視ぎみに物を見ている――われわれの時間と空間は、われわれ自身のサイキの創造物だ。そして、一時的にそれがふらついたとき――急性の内耳障害に似た症状が起きる。 (P352)

という田上の言葉、そしてバイネスの

われわれの人生という、この恐ろしいジレンマ。なにが起こるにしても、それは比類のない悪にちがいない。では、なぜじたばたあがく? なぜ選択する? もし、どの道を選んでも、結果はおなじだとすれば……。
それでも、われわれは進んでいく。これまでずっとそうしてきたように。
 (P369)

という言葉が印象的です。

  

実はこの本を読んだのは、10月に日本語訳が出るという『United States Of Japan』を読むため。

予習しとかなくっちゃ!と思ったのです。

“巨大ロボットを持つ日本のみが支配しているアメリカが舞台”というこの作品、作者のトライアスさんが「高い城の男」の“心の続編”として書いたということで(紹介記事こちら)、まずは『高い城の男』読んどかないと、と急遽図書館で借りました。

現在は新装版になっているこの本、図書館にあったのは昭和59年初版のもの。

Dsc_5634s

定価500円。

日本語訳はこの浅倉久志さん版以前に昭和40年にすでに出ていたそうで、当時の日本の読者は「ドイツと日本が勝った世界」をどんな気持ちで読んだのか……。

冷戦が終わって、無事1999年を乗り越え21世紀が来たけれど、やっぱりあちこちで戦争は起こっている。

どの道を選んでも、結局は―――?

2016年8月26日 (金)

『暗闇へのワルツ』/ウィリアム・アイリッシュ

はい、またまたウールリッチです。

1947年に発表された長編9作目。この翌年に『死者との結婚』が発表されていますが、少し似た感じがありますね。花嫁が本人じゃないというところ、いくつかのエピソードを重ねて長編にするのではなく、一人の男と一人の女が繰り広げる一つのお話というところ。

AmazonさんのリンクはKindle版で、表紙が映画『ポワゾン』になっています。アンジェリーナ・ジョリーとアントニオ・バンデラスという濃ゆい二人で映画化されたそうですが……うーん、この表紙写真からして「全然原作と雰囲気違うな」なんですけど(^^;)

フランソワ・トリュフォー監督、カトリーヌ・ドヌーヴとジャン=ポール・ベルモンドの共演で撮られた『暗くなるまでこの恋を』の原作でもあります。

日本では1981年に二時間ドラマとして映像化されているそう(『仮面の花嫁 暗闇へのワルツ』)。こちらは酒井和歌子と愛川欽也。ネットで検索してみるとけっこう原作に忠実な感じで、ちょっと見てみたい気が。

『仮面の花嫁』というタイトルも、原作の内容をよく表しています。

陽は輝かしく、空は青く、時は五月。ニューオーリンズはまさに天国であった。 (P9)

という印象的な書き出しで始まる本編。ニューオーリンズでコーヒー商を営むルイス・デュランドは、埠頭で船から花嫁が降りてくるのを待っています。

デュランドはまだ一度も花嫁と会ったことがありません。花嫁ジュリアは文通相手。互いの写真を送り合ってはいたものの、その「文章」だけで恋に落ち、結婚を決めていたのでした。

今ならさしずめSNS婚という感じでしょうか。ネット上のやりとりだけで、一度もデートせずに結婚まで突き進む。

ネット上だと「アイコンは美少女なのに実はおっさんかよ!」ということが往々にしてありますが、デュランドの前に現れたジュリアもまた、写真とは違っていました。

なんと、写真より若くて美人だったのです!!!

そんなことがあるものでしょうか。

普通はないですよねぇ。

もちろんジュリアは「なぜ嘘の写真を送ったか」について弁解をし、デュランドはそれを信じる――というか、要は若くて美人なジュリアの魅力に参っちゃうわけです。

何しろ連れて歩けばみんなが注目するほどの美女なんですから、37の年まで独身で来たデュランドはもういちころ。

この、デュランドの造型がよくできてるんですよね。22歳の時に結婚するつもりだった女に死なれて、それ以来恋とは無縁に生きてきて、四十路間近に急に寂しさを覚え女性と文通なんか始めて……。

うん、全然アントニオ・バンデラスじゃない(笑)。

読者としては「きっとこいつ本物のジュリアじゃないんだろーなー」と最初から思うわけで、ウールリッチさんもいくつか「怪しいエピソード」をつらねて「ほらほら、この女怪しいだろ?」とけしかけてくるんですが、デュランドは彼女に完全に裏切られるまで気づかない。

ほんまな(´・ω・`)

気づきたくないんだよね。すっかり彼女に惚れちゃってるから。

結婚後1か月ほどして、“ジュリア”は彼のお金をごっそり引き出して雲隠れ。彼女に騙されたことよりも“最愛の妻”を失ったことの方にショックを受け、デュランドはしばらく廃人状態。

「あなたは泣いていらっしゃるけれども、泣くほどのことじゃございませんよ。歎いていらっしゃるけれども、歎くほどの人だったでしょうか?」 (P113)

と女中のサラーばあやが言う通りなんですけどねぇ。若くて美人だけど、金遣いが荒くて葉巻を吸うはすっぱな女。

すっぱり諦めてまた地道に生きれば良かったのに、デュランドは彼女にもう一度会いたくて――会ってこの手で殺そうと思い決めて――私立探偵に捜査を依頼する。本物のジュリアがどうなったのかを調べ、いなくなった方の“ジュリア”がどこにいるか探し出してほしいと。

が。

ダウンズより先にデュランドが彼女を見つけちゃうんです。で、すっかり言いくるめられちゃう。

「私はあなたと結婚するまで男を知らなかったのよ」とか、「あなたを好きになっちゃったから詐欺計画を続けられなくて逃げたの」とかいう言葉にあっさり騙されちゃう。

もちろん最初は「こんな女の言うことを信じちゃいかん」「どうせ全部嘘だ」と理性が言い聞かせるんだけど、でも感情の方は彼女を信じたくてたまらない、彼女が「自分を好きになった」ことを信じたくて信じたくて……。

この「揺れる男心」がウールリッチの華麗な文章で逐一綴られるわけですからもう。

たまりません(褒めてる)。

彼女と再会し、すっかり彼女にめろめろになって、デュランドは一生を棒に振っていきます。気の毒というかなさけないというか、まさに「目も当てられない」感じで、読み進むのが可哀想なぐらい。

そんなロマンチストのへたれ男を面白いように手玉に取る偽の“ジュリア”=ボニーの小悪魔っぷりがまたすごい。

しょうがないよね、うん。こんな女にうっかり出逢って、たとえ一か月でも夫婦としていちゃいちゃ暮らしちゃったら、もう後戻りはできない。

再会の夜、かりそめの懺悔をした彼女は

「さあ早く、あなあたの妻の部屋へいらっしゃい」 (P250)

とデュランドを誘う。

犯した罪がバレないかと戦々恐々のデュランドに「おまえの心臓はいったい何でできているのだ?」と訊かれれば

「あら、だって彼は知らないんだもの。だから、平気な顔ができたのよ。あなたはポーカーをやったことないのね?」 (P329)

と平然と答える。

いい女ですよ、うん。これ以上はないくらい。

道徳観念ないし家事もできなくて男を金づるとしか思ってないけど、悪びれたところは全然なく、度胸も愛嬌もあって、「だって私はこうなんだもの。仕方ないでしょ?」という感じ。

お話の骨格としては「悪い女に引っかかった男の転落人生」なんだけど、後半ものすごく煩悶しながらもその実デュランドは幸せだったんじゃないかなぁ、という気がする。

最後の最後、改心したボニーが「これからはあなたのために…」と言っても、デュランドは

「おれは、いまのままのおまえがほしいんだ。たとえ生きるためだろうと、おまえを変えたくない。おれは、善良な気高い女なんかほしくないよ。(中略)絶対変るなよ。おれは、おれの知ってるとおりのおまえを愛してるんだからね」 (P487)

と答える。

そうなんだよ、彼女があんな小悪魔だったからこそデュランドは身も世もなく惚れちゃったわけで。

もし本物の、文通相手のジュリアが普通に桟橋に現れて結婚していたとして、デュランドがその後幸せだったかどうかはわからない。大きな不幸もないかわり、「こんなものか」という結婚生活だったかもしれない。

「彼女がぼくを愛してくれるならどんな運命でも受け入れます。たとえそれがスペードのエースでも」と神に願ったデュランド。その願いが最後の最後で叶えられるんだから、デュランドは決して不幸ではない……と思う。

最後の数ページはほんとにグッと来てしまいましたわ。あの小悪魔が改心するなんて御都合かもしれないけど、でもボニーが途中でデュランドのもとを去らなかったのは(デュランドの金がなくなった時点で去っても良かった)、やっぱり彼女も彼になにがしかの愛着を感じていたんじゃないかと思うのよね。彼女自身が自覚していようといまいと、それが世間一般に言うところの“愛”とはまた違ったものだったとしても。

少なくとも、二人が並の夫婦よりずっと濃密な時間を過ごしていたことは確かで。

訳者の高橋さんが解説でこうおっしゃっています。

“ウィリアム・アイリッシュは処女作以来ずっと――ほとんどの作品が――女と男の間の愛をテーマにしてきました。そのような愛のもつ矛盾あるいは心の動揺が、底知れぬサスペンスの契機となっている”

愛の物語なんですよねぇ。

ロマンチックでおセンチで破滅的。

やっぱりウールリッチ好きだ!

 

ちなみに県立図書館の書庫から借り受けてきたハヤカワ文庫はこんな表紙でした。昭和51年発行、定価480円。

Dsc_5633s


本文を読んで想像するボニーとはちょっと違うイラストです(^^;)

2016年8月19日 (金)

『ケルン市警オド』第1巻/青池保子

『修道士ファルコ』のスピンオフ、リリエンタール修道院でファルコの良き相棒として様々な事件を解決してくれる兄弟オドの「俗世時代」を描くシリーズ、第1巻が発売になりました。

わ~い、パチパチ\(^o^)/

期待を裏切らない面白さです。

修道院に入る前、大都市ケルンの警吏だったオド。有能すぎて塔牢獄はいつも彼の逮捕した罪人でいっぱい。名家の子息だろうと何だろうと法を犯した者には容赦のないその辣腕ぶりがお偉いさん方に煙たがられ、行方不明者捜索という名目で体よくケルンを追い払われる羽目に。

と言っても別に「しばらくそっちの案件にかかずらっててね」と言うだけで山奥へ左遷されたわけではないんだけど、「たいしたことない人探し案件」のはずが実は殺人事件で、図らずもオドはまたまたその有能っぷりを発揮することになります。

少佐だよね、うん。

有能すぎて持て余されるとか完全にエーベルバッハ少佐。

ケルン第一市長はSISのミスターLに似てるし、オドの後輩フリートは少佐に叱咤されるA(アー)君のよう。(見た目は初期のジェイムズ君ぽい)

オドを助けてくれる薬草に詳しい修道僧ペトルスは「修道士カドフェル」を彷彿とさせます。

中世ドイツのイケメン強面警吏の活躍譚、『プリンセスGOLD』12月号から連載再開ということでまだまだ楽しめそうです♪

blog内検索

  • powered by Google

Amazonキャンペーン

  • AmazonStudent

OTTAVAを聞こう!

  • OTTAVA(オッターヴァ)
Twitter

My Instagram Page

  • Instagram

My Instagram Photo

ひゅうがの本棚

  • ウィリアム・アイリッシュ: 夜は千の目を持つ (創元推理文庫 M ア 1-4)

    ウィリアム・アイリッシュ: 夜は千の目を持つ (創元推理文庫 M ア 1-4)
    前半の「ことごとく当たる予言に翻弄され心を病んでいく」描写がたまりません。死に取り憑かれ、自分で自分を追い込んでいく登場人物。その心のひだを書かせたらウールリッチは天下一品。“死”という理不尽、そして自らが死ぬことを知っている人間というものの心の不可思議さ…。

  • R・リーバス&S・ホフマン: 偽りの書簡 (創元推理文庫)

    R・リーバス&S・ホフマン: 偽りの書簡 (創元推理文庫)
    独裁政権下のバルセロナを舞台に新聞記者アナとそのはとこにあたる文献学者ベアトリズがタッグを組んで殺人事件の真相を暴く。 女性同士のバディ物である上、言語の分析が重要な鍵となるなんて読まないわけにはいかない! うん、面白かったけど、夢中になるほどではなかったかなぁ。自由に物を言えない社会の息苦しさがつらい。

  • フィリップ・K・ディック: 高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

    フィリップ・K・ディック: 高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)
    第二次世界大戦でドイツと日本が勝っていた世界。その世界で人気となっている作品「イナゴ身重く横たわる」は“ドイツと日本が負けた世界”を描く小説で……。それを読む私たちは“ドイツと日本が負けた世界”に生きてる。虚構と現実の入れ子構造。私たちが現実だと思っているものは本当に“現実”なんだろうか? でもたとえ“虚構”でも、私たちは日々を生きていくしかない。

  • ウイリアム アイリッシュ: 暗闇へのワルツ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

    ウイリアム アイリッシュ: 暗闇へのワルツ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
    いやー、たまりません。ファム・ファタルに翻弄されるアラフォー男のたよりなさ、なさけなさ。ウールリッチの華麗な筆がこれでもか!というぐらいしつこくその揺れ動く心理を描写してくれる。また悪女ボニーがいいんだよねぇ。あっけらかんと悪気なく小悪魔。ラストはできすぎな感じするけどそれでもツンと鼻の奥が…。やっぱウールリッチ好きやわ。

  • 青池保子: ケルン市警オド 1 (プリンセスコミックス)

    青池保子: ケルン市警オド 1 (プリンセスコミックス)
    『修道士ファルコ』のスピンオフ、修道士オドの俗世時代を描くお話。有能すぎてお偉いさんに煙たがられるオド、まんま少佐ですw 殺人を犯してまで僧院が守り通そうとする秘密とは…。さすがの面白さです。青池先生すごい。

  • ウィリアム・アイリッシュ: 黒いアリバイ (創元推理文庫 120-10)
    短編『黒い爪痕』を長編化した作品。舞台も犯人も短編とは違うけど、前半はほぼ短編の展開を踏襲しているので既視感すごいです(^^;) でも長編化されてそれぞれの被害者の人生や死に際がさらに事細かに描写されてサスペンス感はさらにup。「この子殺されるよね」ってわかって読んでるからほんと息苦しいほどです。ウールリッチも犯人とかどーでもよくてこの息苦しさをこそ書きたかったんだろうな。理不尽な死というそのものを。
  • ウィリアム・アイリッシュ: 黒いカーテン (創元推理文庫 120-1)

    ウィリアム・アイリッシュ: 黒いカーテン (創元推理文庫 120-1)
    『黒衣の花嫁』に続くブラックシリーズ第2作。文庫で195ページほどの中編です。3年分の記憶をなくした男が何者かの追跡に怯える前半はウールリッチの真骨頂。後半の謎解きはおまけっぽいです(^^;)

  • 森 博嗣: 赤目姫の潮解 LADY SCARLET EYES AND HER DELIQUESCENCE (講談社文庫)

    森 博嗣: 赤目姫の潮解 LADY SCARLET EYES AND HER DELIQUESCENCE (講談社文庫)
    100年シリーズというか女王シリーズというかの最終3作目ということで読んでみたのですが。1,2作目の登場人物は出てこないよね?流れているテーマが同じ、というのはわかる気がするけれど。哲学問答として面白かったしテーマ自体はすごく好きだけど、物語として「面白かった!好き!」っていう感じではない。そもそもこれは“物語”なのか…。

  • 鋼屋 ジン: 小説 仮面ライダー鎧武 (講談社キャラクター文庫)

    鋼屋 ジン: 小説 仮面ライダー鎧武 (講談社キャラクター文庫)
    予想以上に楽しんでしまいました。「通りすがり」のヒーロー出てくるとこらへんからのクライマックス、超胸熱! ライダーシリーズへの愛、ヒーロー物への愛を感じさせてくれます。「世界を救う」、普通の小説なら陳腐なセリフも、ライダーなら! 読んでよかったです。

  • シェイクスピア: 新訳 マクベス (角川文庫)

    シェイクスピア: 新訳 マクベス (角川文庫)
    萬斎様の舞台『マクベス』で使われている河合祥一郎さんの訳。下段に訳注があるスタイルで、注を見るためにページを行ったり来たりしなくてもいいし、注を無視して上段(本文)だけ読み進めることもできて読みやすい。予想よりマクベス夫人が悪女じゃないし、戯曲を読み慣れてないせいか「これだけ?」って感じが(^^;)

  • 橋本 治: 福沢諭吉の『学問のすゝめ』

    橋本 治: 福沢諭吉の『学問のすゝめ』
    主に初編を中心に『学問のすゝめ』を解説した本。橋本さんならではの解釈&時代背景説明がいつもながら楽しい。今や福沢諭吉といえば1万円札しか思い出さないくらい「何をしたかよくわからない偉人」ですが、明治5年に「民主主義の政府」というものをこんなにもわかっていた諭吉恐るべし。そして日本に本当の近代が来ることはあるのだろうか…。

  • 橋本 治: 国家を考えてみよう (ちくまプリマー新書)

    橋本 治: 国家を考えてみよう (ちくまプリマー新書)
    「国(國)」という漢字の成り立ちから始まって最後には「国家主義」の危うさ、憲法の話へと。さすがの橋本さん、すらすら読めるけど中身はめっちゃ濃い! 初めて投票する18歳はもちろん、大人も必読。国家は指導者や権力者のものではなく「我々国民のもの」です。