死生観とか、哲学とか
人間は何歳くらいから、「死」というものを意識するものでしょうか?
周りの人も、自分も、いつかは消えてなくなってしまうということを、いつ頃知るのでしょう?
私は幼稚園ぐらいの時に、突然「死にたくない!」と泣き出して周囲をびっくりさせた記憶があります。
別に、誰のお葬式があったというのでもなかったはずなのですが。
「死んじゃうんだ」という恐怖は、ずーっと心の中にあります。
今でも、全然受け入れられません。
死んじゃって、それっきりなんて。
無になるなんて。
神様とか、死後の世界とか、信じられたらいいんだろうけど、それも信じられなくて。
こういうことって、みんな考えているのかもしれないけど、あまり口に出すことがない。
blogだから書けるけど、なかなか面と向かってはね。
- 神様と仏様
- 信仰というもの
- 「死」という理不尽
- 1999年に地球が滅亡しなかったから
- 死すべき生を肯定できる日
- 記憶の消去と大人になること
- 恋と死を見つめて
- 己の敵はいつも
- 私を救ういくつかの言葉
- 死は不浄ではない
- 死者はどこにいるのか
- 幼年期の終わり
- 『悪霊』〜神がいないとそんなに大変か?〜
- 『宗教なんかこわくない!』/橋本治
- 信じられないのか、信じたくないのか
- 不安な時代と宗教
- ロボット:人間=人間:神様?
- 仏教に帰依する神様
- 時の流れがない人々
- 「流れ=プロセス」が見えない世の中
- わたしは“盲腸”になりたい
- 『百億の昼と千億の夜』/萩尾望都
- 救いといふもの~『百億の昼と千億の夜』~
- 世界はなぜ存在するのか~『百億の昼と千億の夜』~
- 美醜の彼岸














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